こちらは屋我地線(72番)が停まります。 変更等があるのでご利用の際はバス会社に確認してください。



屋我地島の主要道である県道110号線を走っていると、島の南西部辺りにバス停留所はあります。

廃藩置県の際に首里・那覇などから多くの士族が移り住んで、前垣の屋取集落をつくったようです。
ここ前垣の浜では入浜式塩田の製塩法が那覇から伝えられ、それを移住してきた士族出身者が中心となって塩作りが行われていたようです。 (沖縄県の地名 平凡社より)




こちらは我部農村公園。

沖縄の塩焚きは、1609年に薩摩の琉球侵略の時に、随行してきた僧侶が今帰仁村湧川の下我部に伝えた伝説があります。 その後、1694年那覇泉崎村の宮城芝香が薩摩の弓削次郎右衛門から入浜製塩法を習い、それが泊塩田の始まりで、1898年頃那覇区前島の士族真喜志親雲上康嗣が一族を引き連れて屋我地島の我部村前垣に塩田を拓き塩焚きをしたのが屋我地マースだろうといわれています。近くの看板の説明書きより

次のバス停留所は…
アワヤ原 (AWAYABARU)
山口 (YAMAGUCHI)
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