2022年2月3日木曜日

バスターミナル前 (Bus terminal-MAE)

"Bus terminal-MAE" Bus stop

 那覇市泉崎にある「バスターミナル前」のバス停留所です。

 那覇バス7路線、沖縄バス5路線、琉球バス1路線の計13路線のバスが停まり、国場線(12番)だけが始発となっています。



Bus terminal-MAE 1

Bus terminal-MAE 2

 那覇バスターミナルの裏手、県道39号線沿いにバス停留所(地図)はあります。



巴士總站前 3

 この先に行くと国際通り。

 面影が全然残ってはいませんが、ここは溜池の跡地でした。

仲島小堀跡(ナカシマグムイアト)
 泉崎村(いずみざきむら)にあった人工の溜(た)め池跡。 
 かつて泉崎村の地先一帯は、久茂地川が漫湖に合流する河口で、土砂が堆積した中州は「仲島(なかしま)」と呼ばれ、その後の埋立により陸続きとなった地域である。 
 河口の水が湾入していた所は、17世紀中頃、泉崎村在住の唐人(とうじん)の薦めにより、火難封じの風水として、土俵をもって潮入口を塞ぎ、溜め池(小堀(クムイ))とした。小堀は、王国時代から養魚場として使われ、後に泉崎村の管理地となり、池から上がる収入で小堀の浚渫費に充てたという(『南島風土記(なんとうふどき)』)。 
 仲島小堀では、その後も鯉や鮒が養殖されていたが、昭和初期には埋め立てられ、1937年(昭和12)、埋立地に済生会(さいせいかい)病院が建設された。 
 一方、仲島には、1672年に「辻」(現那覇市辻一帯)とともに花街(はなまち)が開かれた。歌人として有名な「よしや」(吉屋チルー)は、この仲島で生涯を閉じたとされる。泉崎村から仲島へは小矼(こばし)(仲島小矼)が架けられており、花街への出入り口であった。仲島は、1908年(明治41)に辻に統合・廃止され、小矼も埋立・道路拡張により消失した。 
 花街廃止後、埋立により住宅地として発展した泉崎は、沖縄戦後の区画整理により、往時の街並みとは異なった住宅地となった。 



버스 터미널 앞 4

 左手に見えているのが那覇バスターミナル。 写真中央に写っているのが仲島の大石です。



Frente a la terminal de ómnibus 5

Bus terminal-MAE 6

Em frente ao terminal de ônibus 7

Bus terminal-MAE 8

Trước bến xe buýt 9

Bus terminal-MAE 10


次のバス停留所は…


旭町


旭橋駅前


県庁北口


県庁前 (KENCHO-MAE)
KENCHO-MAE



那覇バスターミナル (NAHA Bus Terminal)
NAHA Bus Terminal



上泉 (KAMIIZUMI)
KAMIIZUMI

3 件のコメント:

  1. 次も更新してください。「上泉」、「県庁北口」、「牧志」も載せてください。

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    1. コメントありがとうございます。
      ご期待に沿えるよう頑張りますが、もう少しお時間ください。
      (バイク修理中のため)

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  2. 分かりました。どう致しまして。

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北中城団地 (KITANAKAGUSUKU DANCHI)

 北中城村熱田にある「北中城団地」のバス停留所です。  こちらは、北中城村コミュニティバス実証実験の「ぐすくめぐりん」が停まります。 掲載されている情報が、閲覧日によっては変更になっている場合があります。 ご了承のほどお願いいたします。